コメントをもらうと妙に喜ぶ村田です。

はい。嬉しいです。とても。一日テンション上がります。

 

サンスカイセラピーは1999年11月とあるサインをきっかけに閃きました。

 

20年前、有名大学の近くの大病院で働いていたとき、リハビリ室に外国人留学生がインタビューに来ました。いま、勤務中だからと断ると、仕事が終わるまで4時間ほど外で待っていてくれました。あいにく次の予定があったため、断るつもりで『今日はムリです。また来てください。』というと、後日あらためて来られました。日本の医療について研究するような会話だったと思います。それから、学生さんはしばらく通ってくれました。私も大学に興味があったし、年齢が近かったので、なんどか大学に遊びに行かせてもらいました。

 

初めて外国人を知った時でした。

まさに井の中の蛙。。。

 

するとなにかのラインが繋がったかのように、リハビリ室には在日の韓国人、中国人、チリ人の患者さんが来始めました。

ある日なんて、『アンニョハセヨ:안녕하세요』 『ニーハオ:你好』『チャオ:Chao』の外国語ばかりで、こんにちは!と言う日がなかった時もありました。そりゃ必死で外国語覚えましたよ…。

ちょうど関西国際空港ができたころだったので、外国に強く興味を持ったときだったし、いずれ自立したいと考えていたときでもありました。

 

そうだ!サン・スカイだ!!

 

海はつながっていないけど、空はつながっている。太陽は元気の源、生命の根源、世界にひとつ!これだ!!とサンスカイのようなセラピストになる!!と閃きました。その後、カナダに留学した友人から携帯電話にMailが届き、空はいつでもつながっている!と確信したのもきっかけでした。

 

あれから20年

 

まだ、まだ思ったような形にはなっていませんが、2029年の30周年(55歳)、2039年の40周年(65歳)、2049年50周年(75歳)には、今よりも、ひとつふたつと形になっていっているように行動しています。今は、今の経過ストーリーを楽しんでいます。末永くサンスカイセラピーをよろしくお願い申し上げます。

 

主要検索エンジンで『サンスカイセラピー』もしくは『Sunskytherapy』を検索してもらうと、私につながるようにはできています。ネットへの登場は2001年頃だったと思います。通信カラオケで、初期の初期の文字化け炸裂のHPが見れました。今後は来年からの5G対策ですね。

 

Sunskytherapy

太陽のように美しく照り輝き

空のように全てを包み込む

セラピストになって行っている

 

【Photo:何が書いてあるか、未だ解らないハングル】

IMG_1404
追伸:留学生のパクちゃんに名刺の裏にこのサインをもらいました。書いてくれたサインを見て『なんでSun???』って聴いたことを覚えています。Sunの話しをよ~く聴いて、しばらく考えた11月にSunskytherapyを閃きました。下のハングルは韓国に行くときに勉強しようと思って、まだ読めていません。いったい何が書いてあるのか???世界は広いです。『どうせ生きるなら楽しまなくちゃ』、昨日90歳の老婆に聴いた言葉が妙にヒットした20年目でした。

 

 

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