【愛と勇気とKYT】

 

KYT:厳密な解剖学に基づく世界唯一の治療方法

http://ken-yamamoto.com/level8/

なんで、KYTなのか?KYTじゃないといけない決定的な理由とは…

 

『愛』

「愛ってなんですか?」とこれから結婚する20代女子に聞かれたことがあった。当時は『愛の形はお金だよ。』と答えた。20代女子はキョトンとした表情を見せてくれたのを思い出した。

 

砂漠で飲まず食わずの時に、高級フルコースを出されても、きっと愛は感じないと思う、逆に炎天下を防ぐ板をくれたり、コップ一杯の水やビスケット一枚を食べさせてくれる方が嬉しいのではないだろうか?愛は相手を想う、相手の立場になり、自分ができる限りのことを、与えることなのかもしれない。人は誰かに手を差し伸べることを喜びと感じられる生き物ときく。

 

新聞奨学生で奨学金をもらいながら大学に通っていた私。阪神大震災の時、被災者と思わしき人にお金を求められた。その日は、ちょうど三学期の定期を買うために財布に3万円入ってた。新聞屋でのお給料は4万円。学校に着くギリギリまで悩んだが、1万円を被災者と思わしき人にあげた。住所と名前、連絡先を書いてもらい、必ず返すからと言うことだったが、当然ながらその後一切連絡はなかった。1万円あげた後、思い返した。もし、ホントの被災者なら1万円でしばらく生活できたかもしれない、もし、、、、震災詐欺だったとしたら、悔しいけど、ウソで良かったと思う反面、詐欺師の未来は明るくないことは、若輩ながらでも知っていたので、なんだか可哀そうに思えた。オレはまた働けばいい。オレには稼げる若さがある。と意地を張った。

 

「愛がすべて!」って大学の恩師が黒板に書いた。「愛の反対は無」だともいう。鍼灸は医療類似行為で医療保険も適応である。医療人である以上、目の前で辛い症状で困っている人を見ると、胸がドクドクと高鳴ってくる。だって、ひょっとしたら自分はこの症状を解決できるかもしれない、ひょっとしたら私が救えるかもしれない、ひょっとしたら、、、、。自惚れでもいい、ただ、自分が少しでも困ってる人のお役に立てるなら、なにかできることはないか?できるのにやらない、解決できる術を知っているのに、解決できるかもしれないのに、やらない選択を選ぶ、それは「無視」になるのか?それはもう少し大人になるまで分からなかった。

 

『勇気』

治療家はみんな持っていると思う勇気。でも、本音のところで躊躇してしまう。今、ここで私が手を挙げていいのだろうか?私がしゃしゃり出ていいのだろうか?患者様にとって何が一番大切なのか?治療家はなぜ治療家になったのか?困っている人、苦しんでいる人、悩んでいる人、病んでいる人、目の前の辛い人をなんとかしたいと、心から思っているからではないのか?そして、そんな温かい心の方達が、使命感と正義感で何時間も、何時間も、何年間も勉強して学び得た治療技術、この術を今こそ使うべきなのではないか?しかし、現実はどうだ。目の前に辛そうにしている人を見て、私がなんとかしましょう!と声をかけ手を差し伸べられるだろうか?時には、大人の事情があるかもしれない。

 

人生の一番の敵は「行動」なんだ。患者様は困っている。心底困っている。心に串が刺さっている者なのだ。串を抜けるのは、小さな、小さな勇気ある行動かもしれない。

 

どんな技術も習いたては荒い。正直、荒療治になる。そりゃ経験が圧倒的に少ないから仕方ない。だから、初めて診る疾患や、初めて試みるテクニックは怖い、しかし、このKYテクニックを使えば必ずよくなる予感がする、だって、厳密な解剖学に基づいてんだから、だから信じて挑戦してみたいんだ!と、怖さと期待で葛藤することがある。医療従事者に限らず接客業は、患者様、利用者様、お客様に育てられている。患者様あっての治療家なんだから。痛みが取れなければ、今後の大きな学びになるんだから。またひとつ、正解に近づくんだから。痛みが取れなかった患者様に心の底から感謝しながら、腕を磨いていく。どんどん挑戦して失敗すればいい。失敗の数だけ強くなれることはみんな経験してるんだから。

 

できるのにやらない、でも、小さな、ほんの小さな勇気があれば、あなたを施術できるかもしれない、ほんの小さな勇気があれば、患者様のさらに喜ぶ笑顔が見れたかもしれない。医療の道を選び、医療業を自分の使命と思っている以上、邪念や邪気と戦っていく勇気は必要だ。また、ほぼ完治してしまうであろうこの医療テクニックをやってしまい、案の定一回で完治してしまい、もう二度と患者様が来なくなってしまってはどうしようか、今後の生活はできるのかと…。そんな自分本位のことを考えてしまうこともある。臨床25年近くやってきた今だからこそ分かる「勇気」。DVDやセミナー代もかなり勇気がいる。でも、だからこそ真剣になれるんだ。

 

断捨離から気の巡り

 

『KYT』

「死海は枯れ、池は潤う」入り来る河川が無ければ湖は枯れ、出て行く河川がなければ湖は腐る。しかし、流れ行く河川があり、入り来る河川があれば、湖はたんなる巨大な川であり、通り道である。栄養が満ち、魚や生き物で潤い、自然豊かな大自然の一部になるのではないだろうか。財布に入る量は決まっている。使えばまた入る。使わないから入ってこない。水は循環しているのだから。黒田官兵衛(如水円清)の「水五訓」。誰のために使う?誰のために私はいる?

 

KYTは、厳密な解剖学に基づく世界唯一の治療法。くすりを使うわけでなく、鍼灸をすることもなく、日常生活で歪んだ人体の構造を解剖学的姿位に整えていくテクニックになる。(※昨日のブログ参照)そして、開発者のKen Ymamoto先生が毎年人体解剖を行いKYTをどんどんアップデートし、どんどん進化させてくれている。その等身大のお姿と、同じ時代に共有できることも大きな財産だと思う。

 

Ken yamamoto先生がよく言われる『社会貢献』一番簡単な社会貢献は、目の前の人を豊かにすることなんだ。Ken yamamoto先生は世界中で社会貢献活動をされている。しかも継続されている。単発は誰でもできるかもしれない。でも継続しつづけるには必ず『愛と勇気』が必要となる。だからこそ応援したいし、だからこそ村田は、KYTを使い続けたい。

 

解剖学的、生理学に基づく治療法はたくさんある。村田は、なぜKYTに心惹かれたのか?なぜKYTなのか?KYTである必要は?揺るぎない決定的な決めてってなんなんだ!?

 

―☆最後によく見て欲しい「KYT」

―Kyt Kyt Kyt Kyt kyt

2016年4月にKen Yamamo先生に初めてお会いして、KYTを学ばせてもらい帰宅した後、ふとSunskytherapyの旗が目に入った。ん?ムムム??よく見ると、、、、、、、

 

Suns kyt herapy

 

うぁーわぁぁぁぁー!!これだ!これだったんだ!!

Sunskytherapyは1999年11月に閃いた造語。それから16年と半年後に運命的な発見をした!KYTが『Sunskytherapy』の中に入ってる!!本気で震えた。出会うべくして出逢ったKYT。

この揺るぎない事実が、他の数ある解剖生理に基づいた治療よりも、私がKYTに取り組む決定的な大きな理由である。

 

KYTを受けるならSunskytherapy

サンスカイセラピー

太陽のように美しく照り輝き

空のように全てを包み込む

セラピストに成っていっている

 

『写真』旗。

IMG_3068
 

 

LINEで送る